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東京高等裁判所 昭和45年(う)1332号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は弁護人高橋一郎作成名義の控訴趣意書に記載されたとおりであるから、これを引用し、これに対し当裁判所は次のとおり判断する。

論旨第一点について。

一  所論は、まず原判決がその理由中の「証拠」の項で、押収してあるフイルム一本は「捜査官において現像したもの」と説示した点につき、これを明かにする資料はない旨主張するので検討するのに、原記録および証拠物によれば、司法警察員巡査部長山崎節は昭和四五年二月二三日被告人方居宅に赴き、東京簡易裁判所裁判官の発した同月二二日付捜索差押許可状を被告人に示して、室内にあつた現像されていないフイルム一本(以下、「木件フイルム」という。)、カメラなどを押収したこと、および原審第一回公判において検察官が証拠物として右フイルム一本の取調を請求し、裁判所がその取調をした際には、本件フイルムは現像されていたことが認められる。従つて、右の事実に徴すれば、捜査官において本件フイルムを押収した後、これを現像したことを窺知しうるのであるから、原判決の前記説示は正当であり、なお当審における事実取調の結果によれば、このことは更に明確に肯定されうるのである。

二  次に所論は、原判決が適正手続によらず、本件フイルムに化学的変更を加えたものを証拠として挙示したのは、憲法三一条に違反するか、ないし理由に喰い違いがあると主張するのでまず、捜査官が押収した本件フイルムを現像したことが適法であつたかどうかを検討してみるのに、捜査官が本件フイルムを捜索差押するに至つた経緯については、原記録によれば、本件犯行の当日たる昭和四五年二月二一日警視庁赤坂警察署において司法警察員警部補大橋徹が被害者A子から被告人の強姦などの犯行、即ち「被告人が原審相被告人宮下公雄と共謀のうえ、昭和四五年二月二一日正午すぎごろ居室内においてA子(当二三才)に対し登山用ナイフを突きつけて脅迫し、無理に同女を全裸にしてこれに暴行を加え、その反抗を抑圧したうえ、被告人、宮下の順に姦淫し、右犯行の際、被告人らは交互にA子との情交場面などの写真を撮影したが、同日午後二時すぎごろ同室内において被告人は同女に対し『いま写した写真を焼増ししてお前の友達に送ろうか』などといいながら、同女の所持するハンドバッグの中味を調べて、両名は同女が前記犯行により畏怖して抵抗を断念しているのに乗じ、その所有する金品を取り上げた」事実の申告をうけ、翌二二日A子から強姦罪に関する告訴状が提出された結果、同月二三日前示のごとく巡査部長山崎節が右犯行に関する捜索押収のため被告人居宅に臨んだところ、被告人は「このカメラを使用し、フイルムもこれです」と申し立てたので、本件フイルムなどを証拠品として押収したことを認めることができる。

ところで、司法警察員が刑事訴訟法二一八条一項の定めるところによつて、裁判官の発する令状により捜索差押をする場合には、同法二二二条一項により一一一条が準用され、司法警察員は押収物について同条二項により一項の処分、すなわち「錠をはずし、封を開き、その他必要な処分をすることができる」ことが明らかであり、そして、右にいう「必要な処分」とは、押収の目的を達するため合理的に必要な範囲内の処分を指すものであつて、必ずしもその態様を問わないものと解するのが相当である。これを本件フイルムについてみると、それは、前示のごとく被告人らが被害者女性との性交の姿態などを写した物で、これをもとにして被害者から金品を得ようとしたというのであるから、右の犯行を証明する重要な証拠物であるが、これをその証明の用に供するためには、本件の場合未現像のままでは意味がなく、そのフイルムがいかなる対象を写したものであるかが明らかにされることによつてはじめて証拠としての効用を発揮するといわなければならない。従つて、司法警察員として、果たして右が真に本件犯行と関係ある証拠物であるかどうかを確かめ、かつ裁判所において直ちに証拠として使用しうる状態に置くために、本件フイルムを現像して、その影像を明かにしたことは、当該押収物の性質上、これに対する「必要な処分」であつたということができる。

なお所論は、フイルムを現像するには、別に裁判官の命によりその権限を付与されるべきであつたと主張するけれども、本件フイルムのように撮影ずみのフイルムを現像することは、用法に従いフイルムに一種の加工を施して既存の画像を現わす作業にすぎないのであつて、これを破壊するわけでもなく、押収者において前に引用した刑事訴訟法一一一条二項の「必要な処分」として当然なしうるところであるから、別に刑事訴訟法二二二条一項、二一八条一項により裁判官の発する検証許可状による必要はないと解すべきである。

以上を要するに、本件において司法警察員が捜索差押許可状をえて捜索差押をなし、本件フイルムを押収し、これを現像したことについて、何らの手続上の違法がない以上、これを採証した原判決は正当というべく、その違法であることを前提として憲法違反ないし理由の喰い違いを主張する所論は、いずれも採用することができない。論旨は理由がない。

論旨第二点について。

一  所論は、原判示第一の事実において被告人に対する強姦罪が認定されているが、当時被告人は、原審相被告人宮下をして被害者を姦淫せしめて、その姿態を撮影する目的であつたところ、被害者は宮下が姦淫しようとするのを拒否したので、被告人は宮下の姦淫を促すために被害者に暴行脅迫を加えたのであり、またその後、被害者に一定のポーズをとらせて写真をとろうとした直前に暴行脅迫を加えたことがあるのみであつて、被告人自身が被害者を姦淫するため暴行脅迫をしたことはないから、強姦罪は成立せず、原判決には事実誤認があると主張するけれども、原判決挙示の関係証拠、特にA子の司法警察員および検察官に対する各供述調書(この供述は他の証拠と対比するとき充分に信憑性をもつていることが明かである。)によれば、原判示のごとく被告人および宮下はA子を強姦しようと共謀したうえ、同女を田村保彦方居室に誘いこみ、被告人において登山用ナイフをつきつけて脅迫し、無理に同女を全裸にして蒲団のうえに寝かせ、まず宮下において同女を姦淫しようとしたが、同女が抵抗したため、被告人は同女の胸部、腰部などを蹴りつけて「いうことをきかないと命がないぞ」と脅迫し、次で同女に無理にポーズをとらせて写真をとつたこと、次で被告人は全裸となり同女の頬部を二、三回強く殴りつけ、太股を蹴り強いて姦淫し、次いで宮下も同女を姦淫したことを認めうべく、原記録の各証拠および当審における事実取調の結果に徴するも、右の認定には誤認を疑わしめるに足る形跡を発見することができない。そして、以上の事実に徴すれば、被告人に関して強姦罪の成立することは明かであるから、所論は採用しえない。

二  所論は、原判示第二の事実において被告人に対し強盗罪を認定しているが、被告人は被害者との間の取引行為により同女から金品の交付をうけたのであるから金品を強取したとはいえず、強盗罪の認定は誤認であると主張するけれども、原判決挙示の関係証拠、特にA子の司法警察員および検察官に対する前記各供述調書によれば、原判示のごとく強姦をした後、同所において被害者を全裸のままにして、被告人が同女に対し「いまとつた写真を焼増ししてお前の友達に送ろうか」「このフイルムを幾らで買うのだ」などといつたので、姦淫されて畏怖した同女は「三〇万円で買います」と答えたところ、被告人は「現金八万円などの入つたハンドバッグを預つておく。残りの二二万円は月曜日の午後五時三〇分に蒲田駅東口改札口にもつてこい」といつて、被告人らは互いに意思を通じ、同女が畏怖して抵抗を断念しているのに乗じ、右金品を無理に取り上げたのであつて、被害者が任意にこれを交付したのでないことを認めうべく、原記録の各証拠および当審における事実取調の結果に徴するも、右の認定に誤認の疑いがあるとは考えられない。そして、右の事実からすれば、強盗罪の成立することは明かであるので、この点の所論も採用することができない。

それゆえ、事実誤認の論旨はすべて理由がない。

論旨第三点について。

所論は、被告人に対する原判決の量刑が不当に重いというのであるが、原記録および証拠物を精査し、且つ当審の事実取調の結果をも斟酌し、これらに現われた本件各犯行の罪質、態様、動機、被告人の年令、性格、経歴、環境、犯罪後の情況、本件各犯行の社会的影響など量刑の資料となるべき諸般の情状を綜合考察するに、本件は混血児たる被告人が高校時代に知り合つた原審相被告人宮下と共謀のうえ、かねて情交関係をもつていたA子を誘つて宮下の友人の居室に連れこみ、登山用ナイフを突きつけて脅迫し、同女を全裸にしたうえ、暴行を加えて反抗を抑圧、被告人、宮下の順に姦淫し、更にその犯行の際被告人らは交互に同女との情交場面などの写真を撮影したが、なお被告人から同女に対し「いま写した写真を焼増ししてお前の友人に送ろうか」などといいながら同女の所持するハンドバッグの中味を調べ、同女が姦淫されて、畏怖し抵抗を断念しているのに乗じ、現金八万円のほか住所録、手帳、名刺入れを強取したものであつて、以上は計画的に仕組まれた犯行であること、被告人らは単に自己の性的欲求を満足させるためのみに姦淫したのではなく、交互に被害者との情交場面を撮影して、これを同女からの金員取得の具に供しようとしたものであり、しかも現に反抗を抑圧された同女からその場で金品を強奪するなど、被害者の人格を無視し、その犯行態様は、執拗、残忍、変態的であること、被害者は二月下旬の酷寒の季節に室内とはいえ、全裸のまま約二時間半に亘り放置されてその間強姦、強盗の被害をうけ、その精神上、肉体上の苦痛は甚大であつたことに徴するとき、被告人らの責任がきわめて重大であることは当然だといわねばならない。

もつとも、所論の指摘するごとく、被害者はクラブにホステスとして勤め、これまで被告人との間に情交関係があり、被告人から被害者に金借の申込みをしたとき一度は承諾するなど、被告人に充分に心をひかれ、被告人の歓心を求めていた事実があり、このことが被告人の誘うままに、たやすく犯行のなされた一室に連れこまれたことにつながるけれども、右は前示のごとき本件犯行の悪質性、また当時被告人にはすでに同棲していた妻がありながら被害者と交渉をもつた事実があることを考え合わせるとき、被害者側における特段の落度として非難するに値いするものとは解されない。

その他、被告人に有利な諸般の情状、特に被告人は少年期をすぎたばかりの二一才の青年であり、過去に道路交通法違反罪による罰金刑二犯があるほか、前科前歴をもたないこと、被害者に対し被告人らの家族において慰藉料として五〇万円を支払つていること、被告人は原判決後、結婚し、美容師見習として家業に精出していることを斟酌しても、被告人に対する原判決の量刑はやむを得ないものであつて、不当に重いとは考えられない。

なお所論は、被告人と原審被告人宮下との間の量刑の不均衡をいうけれども、宮下は生来、その意思が弱かつたため、高校時代の一年先輩の被告人から金儲けの話があるときかされて、その誘いに追従し、安易な手段によつて金員を得るため本件犯行に加担したこと、被告人が本件各犯行に際し終始、主導者、積極的な役割を果したのに比して従属的、消極的であつたこと、被告人から現金八万円の強奪金のうち二万円を渡されたにすぎないことに徴するとき、その犯情において被告人との間に相当の懸隔があるというべく、原審が両者の量刑にあたつて差異を生ぜしめたのは、当然だと考えられる。

以上の次第で、量刑不当の論旨も理由がない。

よつて本件控訴は理由がないから、刑事訴訟法第三九六条によりこれを棄却することとし、主文のように判決をする。

(中野次雄 藤野英一 粕谷俊治)

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